桜が散っている
ただそれだけのことなのに
受け取り方はひとつではない
ある人は
美しいと思う
またある人は
その儚さに物悲しさを感じる
別の人は
道に落ちた花びらを見て
掃除が大変だと苛立つ
起きていることは同じでも
その前に現れるものはそれぞれ違っている
桜が悲しいのではなく
桜が人を苛立たせているのでもない
そこに
美しさや悲しさや怒りを置いているのは
見ている側なのかもしれない
同じ現象を前にしても
この身は好きなように意味をつくり
感情を重ね
自分なりの現実を組み立てていく
それを現実そのものだと思っていると
目の前にあるものより
自分の中でつくられたものの方を
見ていることもある
桜はただ散っている
風が吹けば舞い
地に落ちれば積もっていく
そこにあるのは
ただ起きていることだけなのに
こちらがあとから名前をつけ
気持ちを重ね
意味を足している
何かを感じることが悪いわけではない
美しいと思うことも
物悲しくなることも
苛立つことも
ただ自然に起きている反応なのだと思う
ただ
それが現象そのものではなく
こちらの中で生まれたものだと見えてくると
少しだけ距離ができる
その距離の中で
桜はまた
ただ散っているものとして見えてくる
今日は
桜を見ながら
それぞれがそれぞれの現実で生きていることを
ただ観ていた