主観的現実

それぞれの生命は
それぞれの現実の中で生きている

同じ場所にいても
同じ世界を見ているとは限らない

人には人の見えている世界があり
猫には猫の見えている世界がある

アリにはアリの感じている現実があり
魚には魚の感じている現実がある

同じ世界に存在していても
そこで受け取っているものは
それぞれ違っているはずだ

この体で拾える情報には限りがある

目で見えるもの
耳で聞こえるもの
鼻で嗅げるもの
舌で味わえるもの
体で感じられるもの

私たちは
その限られた情報をもとにして
世界をわかろうとしている

しかも
ただ受け取っているだけではない

ありのままを観ているつもりでも
本当は
見たいように見て
意味を足し
脳の中で現実らしく組み立てているのかもしれない

それは
客観的現実そのものというより
この種として
この体として
生きるために作り出された主観的現実に見える

人もまた
自分の見えているものを真実だと思いやすい

けれど
猫の見ている世界と
人の見ている世界が同じとは思えない

アリの感じている現実と
魚の感じている現実が同じとも思えない

そう考えると
自分がこの体で受け取っているものだけを
そのまま真実だと思わないほうがいい

見えているものも
聞こえているものも
感じていることも
それだけが現実のすべてとは限らない

ただ
それぞれの生命が
それぞれの器官の中で
それぞれの現実を生きている

今日は
そのことをただ観ていた