私の終わりと続く世界

なんとなく
自身の生を俯瞰していると
少しずつ見えてくるものがある

生命にとって
個の命はとても重い

そう刷り込まれているのは
死ねば世界を失うからなのかもしれない

自分が消えれば
自分に見えていた世界も終わる

だから
生きものは
個の命を何より重く持つ

けれど
世界の側から見たとき
その重さはまったく違うものになる

一つの生命は
世界なしには生きられない

水がいる
食がいる
大地がいる
空気がいる

他の生命がいて
他の人間がいて
環境があり
ようやく一つの生は成り立っている

けれど
私が終わっても
世界はそのまま続いていく

身近な人は悲しむかもしれない

けれど
世界から見れば
それはあまりにも小さな出来事に過ぎない

生命の網の目は
あまりにも複雑に絡み合っている

その中の一つが消えても
世界そのものは
何もなかったように続いていく

そう考えると
世界にとって
個の命は
それほど重いものではないと言える

それは冷たいということではない

ただ
世界は願いを知らず
ただ理で成り立っている
ということなのだと思う

こちらは
生きたいと願う

失いたくないと願う

報われたいと願う

けれど
世界は
その願いを中心にはしていない

ただ条件があり
流れがあり
そのまま進んでいく

そう見えてくると
自分を重く持ちすぎる苦しさも
少しずつほどけていく

何かを守りきらなければならない

失ってはいけない

間違ってはいけない

そうやって抱えていた重さが
少し変わる

私が終わっても
世界は何事もなく続いていく

そのことを思うと
この生を
必要以上に重く持たなくてもいい事を実感した

今日は
私の終わりと
それとは無関係に続いていく世界を
ただ観ていた