ここまで持っていれば安心
そう思うこと自体が
不安の種なのかもしれない
まだ足りない
まだ足せる
まだ備えておきたい
そうやって
安心の条件を増やすほど
不安もまた
一緒に増えていくことがある
何も持っていなくても
不安がない
そう思えたら
それだけで
かなり安心していられるのかもしれない
もちろん
そんなふうには言えない現実もある
貯金がない
収入が少ない
病気を抱えている
不安になる理由は
たしかにある
けれど
それらがあると
今この瞬間
生きられないのだろうか
今
食べることができる
眠る場所がある
今日を終えることができる
そうであるなら
生命としては
すでにかなり満たされているのかもしれない
それでも
やりたいことがある
欲しいものがある
その気持ちもまた
たしかに本当だと思う
必要なものだけで生きるのは
味気ないと感じるかもしれない
けれど
生命の側から見れば
ただ生きることが
いちばん根のほうにある
どれだけ手に入れても
どれだけ思いどおりに過ごせても
いつか死ぬことに変わりはない
死ぬまで楽しく生きることを
目的にしたとき
不安の種は
どこまでいっても消えないのかもしれない
もっと楽しく
もっと自由に
もっと安心して
もっと満たされて
そうやって足していくほど
不安もまた
かたちを変えて残り続ける
欲望と必要
この二つが
同じように見えていると
足りない感じは消えにくい
けれど
本当に必要なものは何かを
静かに見ていくと
何もないように見える現実も
少し違って見えてくる
足りないものがあることと
今 生きることに困っていることは
同じではないのかもしれない
今日は
安心を増やそうとする動きの中に
不安の種もまた含まれていることと
欲望と必要を
少し分けて見ていくと
今ある現実も
捨てたものではないのかもしれないことを
ただ観ていた
