生きることは
選ぶことの連続なのかもしれない
起きる
食べる
働く
休む
話す
離れる
進む
止まる
小さなことも
大きなことも
そのたびに
何かを選んでいる
それが
生きるということなのだと思う
けれど
選ぶことそのものより
その先まで思いどおりであってほしいと願いはじめたところから
重さが生まれることがある
こうなってほしい
失敗したくない
報われたい
間違いたくない
そうやって
選んだ先まで抱えこむほど
心は静まりにくくなる
世界は願いを知らず
ただ理に従う
こちらが
どれだけ望んでも
どれだけ恐れても
その願い通りに
結果が決まるわけではない
無数の条件が重なり
ただそのまま
流れていく
そうであるなら
選ぶことはできても
結果を握ることはできないのかもしれない
それでも
人は
結果まで抱えようとする
だから
選ぶたびに疲れる
動く前から不安になり
動いたあとも落ち着かない
けれど
選ぶことと
その先にある結果を
分かれて見えたなら
生きることは少し軽くなるのかもしれない
選ぶのは
こちらの側
流れるのは
世界の側
その二つを
同じように握ろうとすると
無理が生まれる
できることをする
必要だと思うほうへ動く
できることなら
すべての生命にとって
やさしいほうを選ぶ
けれど
その先までは
握りしめない
そこから先は
条件にまかせる
流れにゆだねる
何も行動しないということではない
何も願わないということでもない
ただ
選ぶところまでを
こちらの役目として引き受けて
その先は
世界の理にゆだねる
そのくらいのほうが
生きることは
静かになるのかもしれない
今日は
生きることは選ぶことの連続だけれど
軽くなるのは
選んだ先をゆだねられたときなのかもしれないことを
ただ観ていた
