人は
それぞれの正しさを持っている
守りたいものがあり
譲れないものがあり
これだけは間違っていないと思うものがある
だから
ぶつかる
争いは
悪い誰かが起こしているというより
それぞれが
それぞれの正しさを握ったまま
離せなくなっているだけなのかもしれない
嫌いな相手にも
その相手なりの理由がある
守ろうとしているものがあり
失いたくないものがあり
それを正しいと思って動いている
そう見えると
簡単に切り分けられなくなる
けれど
ここで本当に見たいのは
相手の理由だけではない
こちらの正しさもまた
誰かを傷つけているかもしれない
ということだ
正しいと思っているからこそ
強く通そうとしてしまうことがある
間違っていないと思っているからこそ
相手の痛みが見えなくなることがある
守るために言った言葉が
誰かを追い詰めていることもある
譲れないという思いが
そのまま刃になっていることもある
正しさは
いつも静かなものではない
むしろ
強く握るほど
鋭くなりやすい
だから
相手だけが間違っている
相手だけがひどい
そう思う瞬間に
もう見えなくなるものがある
相手には相手の理由がある
そして
こちらの正しさにもまた
傷をつける力がある
そう見えてきたとき
争いは
正しい側と間違った側に分かれて起きているのではなく
正しさ同士がぶつかっているだけにも見えてくる
もちろん
だから何も言わなくていいわけではない
ただ
正しさを掲げる前に
その正しさが何を切っているのかを観る
その瞬間だけでも
少し力がゆるむ
今日は
人にはそれぞれ理由があり
こちらの正しさもまた
誰かを傷つけているかもしれないことを
ただ観ていた
