自由のない安心は幸せか

小さい頃
籠の中の鳥は幸せなのかと
真剣に考えていたことがある

飛ぶことは制限され
外へ出ることもできない

人でいえば
閉じ込められているようにも見える

けれど
そのかわり
生存競争からは離れていられる

食べるものがあり
眠る場所があり
襲われる不安も少ない

それは
守られているのか

それとも
自由を奪われているだけなのか

人のやさしさなのか
人の都合なのか

その境目は
今もまだよくわからない

もし
同じように
自由を失ったまま守られる側に置かれたら
幸せとは思えない気がする

けれど
危険のない場所で生きられることを
不幸だと言い切ることもできない

自由があって不安の中にいるほうがいいのか

安心があって自由のないほうがいいのか

その答えは
簡単には決められない

守ることと
閉じ込めることは
とても近いところにあるのかもしれない

やさしさと
支配もまた
遠くないところにあるのかもしれない

大人になった今も
答えは出ていない

ペットショップの前で
ふと昔の問いがよみがえり

自由のない安心は
本当に幸せと呼べるのかを
ただ観ていた