自分を中心から少しずらす

幸せは
自分に何かが起きなければ
感じられないものだろうか

自分とは関係のない誰かの笑顔に
心が穏やかになることもある

自分を中心から少しずらすと
それまで気づかなかったものが
自然と見えてくるのかもしれない

今日
ファミレスで食事をしていた

近くの席では
家族が楽しそうに笑っていた

その笑顔を眺めているうちに
ふと気がついた

自分も微笑んでいることに

羨ましいわけではない

自分も同じようになりたいと
思ったわけでもない

ただ
誰かが楽しそうにしている

それを見ている自分も
自然と穏やかになっている

そのことに気がついたとき
何かが静かに腑に落ちた

以前
無数の羽虫が飛ぶ姿を眺めながら
考えたことがある

羽虫も人間も
同じ世界に生きる生命のひとつ

生まれて
生きて
やがて死んでいく

そこに本質的な違いはない

ただ
人間には長い時間があり
自分以外の生命を理解しようとする力もある

その力を
自分のためだけに使うこともできる

他の生命のために使うこともできる

だからといって
人間のほうが特別なわけではない

羽虫は羽虫として生きている

人間も人間として生きている

ただ
自分にできることがあるなら
その力を自分以外のために使うこともできる

今日の家族の笑顔もそうだった

何かをしてあげたわけではない

誰かの役に立ったわけでもない

それでも
他の人の幸せが
自分の心を穏やかにしていた

自分が幸せになることばかり考えていると
幸せは自分の中だけにあるように感じる

けれど
自分を中心から少しずらしてみると

周りには
すでにたくさんの生命があり
それぞれの時間が流れている

喜ぶ人がいる

悲しむ人がいる

ただ静かに生きている生命がいる

自分もその中のひとつにすぎない

自分の幸せを
誰かの幸せと比べる必要はない

誰かの幸せを
自分のものにする必要もない

ただ
そこにある笑顔を眺めている

そして
自然と微笑んでいる自分に気がつく

穏やかになろうとしたわけではない

幸せを求めていたわけでもない

気がつけば
心は穏やかだった

世界は何も変わっていない

変わったのは
世界の観え方だけだった

自分を中心に置かなくても
世界は変わらずにあり続ける

そして
自分もその世界の中で生きている

それだけで
今日は十分だと思った