幸せは誰が決めるのか

幸福だと思うことは
それぞれ違っている

多く持つことに幸福を感じる人もいれば
何も足さなくていいことに
幸福を感じる人もいる

人に囲まれることが
心地いい人もいれば
ひとりで静かにいることに
安心する人もいる

同じ景色を見ても
美しいと思う人がいて
何も感じない人もいる

同じ出来事の中にいても
それを幸福と呼ぶかどうかは
それぞれの中で決まっている

不幸も同じなのだと思う

失うことを
深く苦しみとして受け取る人もいれば
そこまで揺れない人もいる

予定どおりにいかないことを
強い不幸と感じる人もいれば
ただそうなっただけだと見る人もいる

出来事はひとつでも
そこに置かれる意味は
生命ごとに違っている

そう考えると
幸福も不幸も
出来事そのものの中にあるというより
こちらがあとから名前をつけて
自分の現実としてつくっているのかもしれない

もちろん
嬉しいことが自然に嬉しいのも
苦しいことが自然に苦しいのも
止められるものではない

ただ
それが絶対のものではなく
自分の基準の中で生まれていると見えてくると
少しだけ距離ができる

幸福を追いかけすぎなくてもよくなり
不幸に飲まれすぎなくもなる

起きていることの上に
それぞれがそれぞれの意味を重ねながら
生きている

今日は
幸福も不幸も
自分の中でつくられていることを
ただ観ていた