持っていると思っていたものも
本当に持っているわけではないのかもしれない
この体も
家も
車も
手元にあるあらゆるものも
ずっとそこに留めておけるものではない
所有という形はある
けれど
それは人のあいだで決められた約束にすぎない
他の生命には関係がない
地面も
水も
空気も
もともと誰かのものではなく
たまたま近くにあり
たまたま使っているだけにも見える
そう考えると
持ち物という感覚も
少し変わってくる
自分のものを増やしているというより
しばらく手元に置いているだけなのかもしれない
そう見ると
握っていた力が少し弱まる
なくなることは
失うこととして重く見えやすい
けれど
最初から
完全に持っていたわけではなかったのなら
それは
手元を離れる時が来ただけとも言える
災害でも
老いでも
別れでも
手元から離れていくものはある
そのたびに
奪われたと見るのか
離れていく時が来たと見るのかで
重さは少し変わる
もちろん
悲しさがなくなるわけではない
ただ
ずっと自分のものだと思いすぎるほど
なくなる時の痛みは深くなる
しばらく近くにあったものが
静かに離れていく
そう見るだけでも
少し軽くなることがある
手放すとか
失うとか
減らすとか…
そういう動きの前に
そもそも持っていなかったのかもしれない
という見え方がある
今日は
その持ち物は誰のものなのかを
ただ観ていた
