願いどおりでは静まらない

人は
思いどおりになることを喜ぶ

そして
身勝手に思い描いた夢が叶うと
それを幸せと呼ぶ

たしかに
願いが叶えば
うれしい

安心もする

報われたような気持ちにもなる

けれど
その感じは
思っているより
静かではないのかもしれない

なぜなら
幸せの形を
願いどおりであることに置いた瞬間

願いどおりでないものは
不幸の側に並びはじめるから

もっと叶ってほしい
崩れないでほしい
失いたくない

そうして
喜びのすぐそばに
不安も生まれる

世界は
個人の願いが叶うかどうかとは関係なく
無数の条件が絡み合うことで
ただ成り立っている

こちらの希望とは別に
天気があり
老いがあり
別れがあり
偶然があり
他の生命の動きがある

その中で
たまたま願いに沿うこともあれば
まったく沿わないこともある

けれど
こちらは
沿ったときだけを幸せと呼び
沿わないときに
不満や苦しさを強くしてしまう

そう考えると
心が静まらない理由のひとつは
出来事そのものより
願いが通ることを
幸せの条件にしているところにあるのかもしれない

世界は
こちらの願いを知らない

ただ
複雑に絡み合った条件のまま
そのまま進んでいく

そのことを
本当に受け取らない限り
心はどこかで
願いの続きを求め続ける

もっとよく
もっと都合よく
もっと思いどおりに

そうやって
静けさより先に
条件を探してしまう

けれど
世界は最初から
願いを中心にできてはいない

その中で
願いが叶うことも
叶わないことも
ただひとつの出来事としてある

そう見えたとき
幸せは
願いの達成だけに置かれなくなる

今日は
思いどおりになることを幸せと呼ぶ
こちらの動きと

願いとは関係なく
ただ条件のまま進んでいく世界を
静かに観ていた