この世界に
こちらの生より大切な理があるのかと
考えることがある
もし
ないのだとしたら
世界にとっても
こちらの生は
それほど特別ではないのかもしれない
生きたいと思うのは
こちら側の動きであって
世界そのものは
そこに
特別な重さを置いていないようにも見える
世界に私意はなく
生に中心もない
こちらが
生きたいと思っても
失いたくないと思っても
怖れたくないと思っても
そうした動きとは関係なく
ただそのまま進んでいく
そう考えると
この生を
必要以上に大きく抱えなくても
いいのかもしれないと思うことがある
あってもなくても
世界は進んでいく
代わりのきかない
特別な存在でありたいと願うのは
こちら側であって
世界の理は
そうした願いを知らない
もし
本当にそうなら
何をそんなに不安になるのか
という気持ちも出てくる
失ってはいけない
崩れてはいけない
間違ってはいけない
そうやって
この生を重く持ちすぎるほど
不安は強くなりやすい
けれど
世界の前では
この生は
数えきれない生のひとつでしかない
特別ではないからこそ
少し軽く見られることがある
大切ではないということではなく
世界の中心ではないということ
そのくらいに見えたとき
不安は少し静かになることがある
何のために生きるのか
なぜ生まれたのか
そうした問いは残る
けれど
その答えが見えなくても
理は理のまま進んでいく
その中で
こちらの願いも
こちらの不安も
ただひとつの動きとしてある
今日は
世界に私意はなく
生に中心もないことと
その前では
こちらの生も
それほど特別ではないのかもしれないことを
ただ観ていた
