静整食は、余分な食を静かに見せる

静整食をはじめてほどなくしてから
食に対する無駄が
少しずつ見えるようになってきた

からだを維持するだけなら
そこまで多くはいらない

限られた食材でも
続いていくことはできる

そう見えてくると
それ以外の趣向的な飲食が
前よりはっきり見えてくる

前なら
自然に欲しいと思っていたものが
少しずつ遠くなる

酒も
飲みたいと思わなくなる

肉も
前のようには
食べたいと思えなくなる

我慢しているのではない

欲しいまま押さえているのではなく
欲しさのほうが
静かになっている

だから
そこにはあまり重さがない

食べないことを頑張っているのではなく
なくてもいいものとして
見え方が変わってきている

足りないから削るのではなく
足りているから
余分なものが前ほど要らなくなる

そういう変化がある

無駄な食というのは
量の多さだけではないのかもしれない

なくてもからだは続くのに
気分や刺激や習慣のために
重ねているものがある

静整食は
そこを少しずつ静かにしていく

欲しさを否定するのではなく
欲しさが小さくなっていくのを
ただ見ていく

食べる楽しみが消えたというより
大きく膨らんでいたものが
少しずつ元の大きさに戻っていく

そうして
食は少しずつ静かになる

今日は
無駄な食が見えてきて
欲しかったものが
欲しくなくなっていく流れを
ただ観ていた