いつ死んでもいいように

アニメを観ていたとき
「何で部屋に何もないんだ」と聞かれて
「いつ死んでもいいように」
と答える場面があった

少し極端なのに
その言葉には妙に引っかかるものがあった

たぶん
死にたいということではない

どうせ最後には何も持っていけないのなら
最初から
あまり抱えなくていい
という感覚に近いのだと思う

物が増えるほど
守るものも増える

失いたくないものが増えて
気にかけることも増えていく

豊かさや便利さが増えることと
静かでいられることは
同じではないのかもしれない

むしろ
少ないほうが
終わりに近い形で生きられる気がする

「いつ死んでもいいように」


という言葉は
投げやりにも見えるけれど
余計に持ちすぎないための感覚として聞くと
少し違って見えてくる

まだ来ていない明日のために
抱え込みすぎないこと

なくなることを前提にして
今あるものを軽くしておくこと

そうしていると
生きることまで少し静かになる

今日は
その言葉に強く共感した自分の感覚を
ただ観ていた