夢のように過ぎていく

人の時間は
思っているより短いのかもしれない

五十という数字の前に立つと
それまでとは少し違う見え方が出てくる

昔なら
もう終わりを迎えていてもおかしくなかった長さ

そう思うと
ここから先は
まだ積み上げなければならない時間というより
一度終わったあとに残っている時間のようにも見えてくる

十代には
遠い先の話だった

二十代には
まだ始まったばかりのように見えた

三十代では
折り返しの気配が出てきて

四十代では
終わりというものが
少しずつ輪郭を持ちはじめる

そして五十

現代では
まだ現役の只中にある

けれど
昔なら
もう十分に生き切っていてもおかしくなかった場所

そう見てみると
ここから先は
何かを証明するための時間ではなくてもいいように思えてくる

守らなければならないと思っていたもの
背負わなければならないと思っていたもの
失ってはいけないと思っていたもの

それらを
少しずつ下ろしていってもいいのかもしれない

もし
あの時終わっていてもおかしくなかった
そう思える出来事があるなら
なおさらそう見えることがある

まだ続いている

それだけで
もう十分なのかもしれない

ここから先は
おまけのようなもの
余りのようなもの
夢の続きを少し歩いているようなもの

そう思うと
重く握るより
軽く持っていたくなる

増やすより
下ろしていきたくなる

急ぐより
静かに歩いていきたくなる

今日は
五十という境目を
終わりではなく
荷をおろす合図として
ただ観ていた